地域への移住をイメージするには、とにもかくにも「先輩」がいるのが望ましい。実際に住んでみないとわからない地域性、地域ごとに異なる生活上の習慣やルール、移住後に自分なりの仕事を見つけられるか…。不安を感じるポイントも、実際に移住した先輩に相談できれば、スッと解消してしまうことも多い。今回はそんな「移住の先輩」の一人である、地域おこし協力隊OGの有木円美(ありき・まどみ)さんにお話を伺った。
2022年からオープンした宿泊・交流拠点である「いなかを楽しむ宿 栗のや、」の運営、「南大隅町ツーリズム推進協議会」の事務局メンバー、NPO法人をベースとした地域おこし協力隊のマネジメント業務など、町内で幅広い活動を行っている有木さん。今回は、有木さんの活動の根底にある「現場」と「交流」の可能性を、ご自身の移住経験から考えてみたい。
◆農家のおばちゃんがカッコよくて
有木さんが南大隅町にやってきたのは、2017年の春のこと。しかしそれまでは、南大隅町とは縁もゆかりもない人生を送ってきた。
「私は鹿児島の吉野の出身なのですが、父の仕事の関係で、子供のころから熊本や岡山など、様々な地域を転々としてきました。中学校のころに過ごした吉野は、通学路にも畑が沢山ありました。キジが目の前を歩いて横切っていく光景を今でも覚えています。」
そんな有木さんが進学したのは、愛媛大学 法文学部総合政策学科の「地域コース」。学生時代の有木さんは、サッカー部で日々汗を流しながら、日本各地でのフィールドワークにのめり込んでいった。
「都市部から農村部まで、様々な地域を訪れましたね。京都の街中を歩いたり、高齢化が進んだ団地のコミュニティについて聞き取りを行ったり、長崎の諸島部の暮らしを眺めたり…。五感をフル活用した体験が、すごく刺激的に感じました。」と笑顔で語る。
そんな日々の中で強い衝撃を受けたのが、高知の農家レストランでのフィールドワークだった。
「集落内で閉鎖してしまった保育園を活用したお店だったのですが、 そこのお母さん方がカッコよくて。長年の経験を活かした地産地消の田舎料理で人と人、地域と人をつなぎ、何より自分たちのやりたいことを形にしていく楽しそうな姿が魅力的に感じました。魚獲りが得意な人から魚を買ったり、木材を扱える方は椅子・テーブル作りを担当したり…。お母さん方だけでなく、地域に住む方々がそれぞれの得意なことで農家レストランに携わっていることも素敵だなと思いました。ご高齢の皆さんのことを気遣い、見守りのような役目もされていたことも衝撃的でした。その時の感動が今の私の活動の原点と言えるかもしれませんね。」
◆大学院で気づいた適性
農村部の人々のカッコよさに惹かれた有木さんは、さらなる出会いを求めて活動範囲を広げていった。「長島町のジャガイモ農家さんに住み込んでお手伝いをしたり、姶良(あいら)の農産物直売所で働いたり、自分なりに農家さんの暮らしを知りたいと思いながら働きました。その中で、自分が興味のあることは『都市と農村のつながり方』や『グリーン・ツーリズム』であることに気づいたんです。もっと研究活動がしてみたいと思い、大学院への進学を決めました。」
しかし、大学院での学生生活の中で、自分の未熟さを痛感することになった。
「院生生活の中では、九州・鹿児島県内の農家民宿にお伺いしたり、ヨーロッパのアグロツーリズムを学ぶためにスロバキアへ交換留学に行かせていただいたりと、本当に良い経験をさせて頂きました。ですが経験を重ねるほどに、『現場での学び』に大きな楽しさを感じていた私は、実際に現場に飛び込んで現地の人たちと一緒に試行錯誤しながら活動していきたいという思いが強くなっていきました」。
退学を決めた有木さんは、大学院を退学するまでの期間で、新天地を求めて県内のさまざまな地域を訪問した。
「学生時代に研究のテーマとしていた『グリーン・ツーリズム』について、関連する団体や勉強会へ足を運び、鹿児島県内で10以上の自治体を周りました。その中で、頴娃町(えいちょう)でまちづくり活動に携わられていた加藤潤(かとう・じゅん)さんに出会い、南大隅町を紹介していただいたんです。」
基本的に、鹿児島のグリーン・ツーリズムといえば、都市部の中高生の修学旅行生を、農村部の家庭で受け入れるホームステイ的な活動がメインとなることが多い。しかし、加藤さんから紹介された「NPO法人 風と土の学び舎」(当時は任意団体「東京農大受け入れ協議会」)は、同じく都市部の学生のホームステイ受け入れ組織でありながら、他の団体とは異なる取り組みをしていたのだ。
◆飛び込め!地域おこし協力隊
風と土の学び舎は、東京農業大学の学生と南大隅町内の農家との「草の根的なつながり」から始まった、約30年の歴史を持つ組織だ。有木さんはその代表である梅木涼子(うめき・りょうこ)さんとお話しして意気投合し、地元の9軒の農家のもとで、泊まり込みで農作業を体験することになった。
「実際に農家の方々とお話ししていると、これが本当に楽しくて。私が求めていた 『五感を通した学び』を改めて実感できて、『もっとこの地域の方々と関わっていきたい!』と強く感じました。」
また、風と土の学び舎との出会いと同時に紹介されたのが、南大隅町の観光分野の「地域おこし協力隊」募集であった。これが、有木さんが南大隅へ移住するきっかけとなったのだった。
地域おこし協力隊の任期は、満期3年。その間には、山もあれば谷もあり、色々な時期があったそうだ。
「自分の未熟さから、ネガティブになってしまう時期もありましたが、加藤さんや梅木さん、地域の方々と過ごす時間が楽しく、南大隅で活動したいという思いは消えませんでした。協力隊を卒業した今では、今以上に未熟で自分勝手だった私と対峙してくださった行政の皆さん、地域の皆さんに心から感謝しています。」と有木さんは感慨深そうに語る。
有木さんは現在、地域おこし協力隊のアドバイザー機関である「地域おこし協力隊サポーターズ鹿児島」にも関わりを持ち、移住希望者と行政のあいだの橋渡し的な役割も担っている。
◆古民家×滞在拠点=新プロジェクト
そんな協力隊活動の中で、有木さんが抱いた問題意識が「滞在交流施設のバリエーションの少なさ」だった。
「南大隅町は人口の2人に1人が65歳以上の、県内トップクラスの高齢化地域です。そうした課題に目が行きがちですが、田んぼや畑の美しい田園風景や、山のきれいな空気、地域の方々のあたたかな人柄…。そんな魅力がたくさんあります。ですが、友達が遊びにきても泊まる場所が少なく、地域の人と集まったり交流したりするにしても、自由に使えるスペースがない。せっかく時間を過ごすなら、ちょっとお洒落で居心地のいい空間で過ごしたいじゃないですか。そこから、私の住んでいる古民家を改修して、宿泊施設 兼 交流施設として運営できないかと考えたんです。」
こうして、有木さんが暮らす山間部の『栗之脇自治会』の『栗』の字を入れた「いなかを楽しむ宿 栗のや、」のプロジェクトがスタートした。予算も知識もない中でのプロジェクト開始となったが、加藤さんや梅木さんをはじめ、地域内外多くの方々の助けを頂きながら、DIYを取り入れた手法で改修作業を進めていくことになった。
「地元のピーマン農家の方に棟梁になっていただいたり、ベテランの大工さんや地域の方々にお力添えを頂いたりして、少しずつですが夢が形になっていき、嬉しかったです。その後、『コミュニティ大工』として活動する加藤さんにも携わっていただき、私も大工仕事は初めてながら改修作業に参加させていただき、技術を学んでいきました。五右衛門風呂やパン焼き釡など、南大隅の方々と一緒にやりたいことを盛り込んだ、思いのこもった施設になったと感じています」と有木さんは笑顔で語る。
こうして、約3年間の工事期間を経て、2022年の10月からついに「いなかを楽しむ宿 栗のや、」がオープンした。完成記念パーティーには南大隅町内のたくさんの方々が集まり、栗之脇自治会もいちだんと賑わう一夜となった。『栗のや、』は地域の新たな滞在交流拠点として活用が進んでおり、南大隅を体験するための新たな選択肢を提供しつつある。
「『栗のや、』の名前についた句読点は、加藤さんたちが運営する『NPO法人 頴娃おこそ会』の空き家改修事業をオマージュさせていただきました。おこそ会では、空き家の改修が完了して名前をつけるとき、『プロジェクトはこれで終わりではなく、まだまだ続く』という思いを込めて、名前の最後に句読点をつけるんです。『福のや、』『塩や、』『茶や、』みたいな感じですね。私も、私らしくいい宿にしていきたいと思います」とまっすぐに語る。
◆移住者側→受け入れ側へ
このように地域に根ざして活動している有木さんだが、『栗のや、』以外にもさまざまな地域活動に携わっている。その中の一つが「南大隅町ツーリズム推進協議会」での取り組みだ。有木さんは協力隊時代からメンバーとして関わっており、現在は事務局員として運営に関わっている。
「ツーリズム推進協議会では、『私たち自身が楽しみながら、顔の見える地域体験を提供していく』をモットーに、体験交流イベント等を提供しています。地域のお母さん方との料理作り体験、地元の方と集落を歩く地域散策体験、各種勉強会など、『メンバーのやりたいことをみんなで盛り上げる』イメージで楽しく活動しています。今後もやりたい企画が目白押しですね。」
また、移住のきっかけとなったNPO法人 風と土の学び舎では、新たな挑戦が始まっている。
「2023年の4月から、NPO法人が母体となって、地域おこし協力隊の受け入れを行うことになりました。私が協力隊員だった当時はこんな活動ができるとは思いませんでしたが、長年にわたり『外部から来た人々』を受け入れてきた地元の皆さんの経験、地域からの信頼、そして有識者である加藤潤さんのサポートがあったからこそ実現した企画ですね。移住者側から受け入れ側に立ってみると、これまでとは異なる角度から学ぶことがたくさんあります。先輩方に学びながら、私も成長していきたいです」と感慨深げに語る。
南大隅町では近年、移住定住に関する取り組みにも力を入れていて、有木さんもその一端に携わる。「観光においても、移住においても、南大隅で過ごす・暮らす手段が、バリエーション豊かであったらいいなと思います。『あーでもない、こーでもないと言いながら、皆でやっていけばいいんだよ』という先輩方の言葉を胸に、みんなで試行錯誤しながら進んでいきたいです」。
有木さんの活動は、「現場」と「交流」から南大隅町の可能性を発見するための、新たな視点を示していると言えるだろう。県内及び南大隅への移住を検討している方は、ぜひ『栗のや、』と『移住定住促進協議会』を訪れてみてほしい。等身大の地域の魅力と可能性を感じる、有意義な時間になるに違いない。
(文・写真=大杉祐輔、写真提供=有木円美・NPO法人風と土の学び舎)