「NPO法人風と土の学び舎」、前身・東京農大受入協議会。1996年より続く東京農大生の農業実習・民泊受入を行う団体です。学生時代に団体と出会ったことをきっかけに、卒業後、南大隅町に移住した中川夏帆さん。現在はNPOを中心に様々な場面で活躍しています。今回はそんな夏帆さんにお話を聞かせて頂きました。

南大隅町との出会い
夏帆さんと南大隅町の出会いは2019年、大学1年生の冬。きっかけは、東京農大とつながりある地域を訪れ、約一ヶ月間滞在しながら農村を学ぶ授業「ファームステイ研修」で南大隅を訪れたことでした。

滞在中、農業実習や民泊を経験しながら沢山の受入家庭さんに出会う夏帆さん。その中でお世話になったお一人が水流祥雅さんでした。

その半年後の大学2年生の夏、当時水流さんが携わっていたキャンプ場〈MAGICAL STAY〉のスタッフとして働きながら南大隅町で暮らしてみないか、と連絡が入ります。
お誘いに夏帆さんは「行きます!」と即答。約3週間、お試し住宅に滞在し、仕事をしながら、時には遊びに行ったりと南大隅を満喫します。
夏帆さんは「仕事は忙しかったですが、それ以上に、お客さんとふれあったり、おもてなしを考えたりする仕事が好きだなと感じました。滞在中に色んな人との交流や新たな出会いもあり、超楽しかったです!」とその頃をふりかえります。

夏帆さん3度目の南大隅は、大学4年生の夏休み。「学生最後の夏休みだし、もう一度南大隅の農家さんたちに会いたいなと。その頃にはもう、『ちょっと帰りたいな』みたいな、里帰りみたいな感覚になってました」と笑います。

その夏の2か月を南大隅で過ごした夏帆さんは、その後も町の方々と連絡を取り合います。会話の中で、「もし南大隅に住みたいならこういう仕事があるよ」という話にも。
話しながら、「なんだか私、住んでそうって思ったんです」と夏帆さん。その年の秋の終わり、卒業後の南大隅移住を決めたのでした。

移住の決め手
「私がここに来た一番の理由は人なんです。南大隅で出会った皆さんが、年齢とか立場とか性別とか関係なく『みんなで頑張ろう、みんなで楽しもう』という雰囲気で、それが居心地いいなと思ってました。
それと、なんてったって皆さん陽気!ここに来て楽しいご夫婦といっぱい出会いました。私みたいな他人でも、その中にごく自然に混ぜて下さって、それがすごく嬉しかったんです」。

夏帆さんは、それまで『陽気』とはかけ離れた環境にいた、と話します。
「周りの様子を気にして、真面目だと思われがちで。実際の私はそんなことないのですが、今思えばそれを隠していた気がします。『陽気な輪の中に入りたい』って思いながら入れなかった自分がいたんです。
それもあって『みんなで一緒に楽しむ』っていいことだなと思っていて。南大隅はそれを体現していると感じました。それでこっちに来たら、無意識に抑えていた自分がバーンと弾けちゃいました!」。

南大隅移住一周年を迎えて
今年の3月下旬、夏帆さんは移住して一年が経ちました。
「当たり前ですが、南大隅が日常になりました。今までは一時期の体験とか経験という感覚でしたがそれとは全く違う。
学生の時はずっと農家さんと一緒に過ごしていましたが、住んでみると普段地域の方に会うことは意外と少なくて。
それが寂しいわけではなく、ここにいるから会いたいと思えば会いに行けるし、話したいと思えば話しに行ける。それを実感しています」。

「もう一つは、農家さんたちと『卵が高くなったね』とか日常の会話をするようになりました。農家さんたちは無意識かもしれないけれど、学生を受け入れている時はそういう話にはならなくて。
学生が来る時、農家さんたちは自然と学生受入モードに変身して下さっているんだなとあらためて感じました」。
〈かぜつちすみっこ留学〉と夏帆さん
夏帆さんの移住のきっかけとなったNPO法人風と土の学び舎では、現在、学生受け入れに留まらず、地域で働きながら暮らしてみる〈中長期滞在受け入れ〉の取り組み『かぜつちすみっこ留学』を進めています。

かぜつちすみっこ留学とは、町のお試し住宅やシェアハウスに住み・農林業を中心に地域で働きながら、地元の方との交流したり、地域で新たな企画に挑戦してみたり。実際に生活しながら、地域を知り、地域に学ぶプログラムです。


現在、プログラムの中心メンバーとして企画運営や留学生のサポートを務める夏帆さん。実は、大学時代にも、中長期に渡る学びを支援する〈キャリア教育プログラム〉のスタッフとして活動していたと言います。
夏帆さんの原点
「〈TOMODACHI女子高生キャリアメンタリングプログラムin福島〉(以下、キャリプロ)といって、福島県内の女子高校生約120人に向けたキャリア支援プログラムがあるんです。高校生が、半年かけて4つくらいのミッションをこなしていくというものです。
▼〈プログラム概要 of TOMODACHI 女子高生キャリアメンタリング・プログラム In 東北2021〉

例えば『社会人に会いに行こう』とか『留学生とセッションしよう』とか。期間は半年間ですが、実際に顔を合わせるのは計4回10日間ほど。ですが、その離れている間にも『一つ挑戦してこよう』など宿題が出るんです。

そうしたミッションをクリアするための高校生のサポートや、様々な企画の中枢を担うのが『メンター』です。実際に顔を合わせる日数は少ないけれど、その間にも高校生と沢山のやりとりを重ねます。
期間中、高校生には悩みや葛藤も出てきます。高校生はそんな自分と向き合いながら、ミッションに立ち向かい、変化・成長していくんです。

メンター側もなかなかハードでしたが、『これから良くしたい』とか『成長したい』とか、頑張る高校生のために使う時間はとても居心地良くて。『やってあげる』ではなく、私自身が居心地いい。人のご飯を作るのはいいけど、自分のご飯は作りたくないみたいな(笑)。


プログラム最終日、自分が担当する高校生が発表するときには、思い入れがありすぎて涙が出ました。
キャリプロは私の原点です。それから『人の成長を感じられる仕事がしたい』と思うようになりました」。



これから
これまでの経験を活かし、現在、『かぜつちすみっこ留学』に尽力する夏帆さん。2023年2月には、その第一号となる留学生が町に訪れました。プログラムは初めての試みだったこともあり、今後の改善点をはらみながらも、南大隅の新たな一歩に。

その一方で、プログラムを進める上で戸惑うこともあったと夏帆さんは言います。
「中長期滞在受け入れは、農家さんあってのプログラムです。『この内容だと農家さんの負担にならないか、この内容で農家さんは得られるものがあるか』と、受け入れて下さる農家さん側の気持ちを考えます。ですが自分は農家ではないから、本当にいいのかどうかわからない時もあります。
また、約1か月と期間が短いことや、高校生ではない大人の方が参加するので、そこも今まで自分が経験してきたものとは違ったり。

ですが、そうした中でも【参加する留学生】と【受け入れ側の地域】、自分なりに両方の気持ちを考えながら取り組んでいます」と夏帆さん。
これからの目標とあわせて話してくださいました。

「これまで、沢山の農家さんとお会いしていますが、実際の作業に行けていない農家さんも大勢います。
この農家さんはこんな思いで農業しているとか、こんな思いで学生を受け入れてるとか、飲み会などの場面で聞いてはいても、実際にお伺いできていない。
だから、農家さんの全体的な思いを伝えることはできても、自分の言葉で話せていないなと。
私は農業はできないけれど、農家さんたちの想いや言葉を紡いでいけるように努力したい。
今、色んな場面で司会をさせて頂いたり、学生のサポートなどしていますが、自分に自信がないのは、自分自身がまだまだ知らないことが沢山あるからだなと感じます。
なのでこれからは、より深い農家さんの想いに触れていきたい。そうやって、自分の中の言葉を広げていきたいと思ってます。

あと、南大隅の『陽気な心』を、私と関わりある人たちに伝染させたいと思うようになりました。よりワクワクすることをしてきたいです」。

「え?まだ一年しか経ってないんだっけ?」、「もっと長く一緒に居る気がする」、夏帆さんのまわりで、そんな言葉が交わされます。
それほどに馴染み、地域の方と濃い時間を過ごしている夏帆さん。
夏帆さんは言います。「ここにいたら沢山の人とつながります。だからこそ、そのつながり方を大切にしていきたい」。
南大隅で迎える2回目の春。今年も地域の皆さんと共にまた一歩、踏み出していく夏帆さんです。