海外生活から新規就農へ
「SNSで移住について調べていると、田舎の慣習や地域の人付き合いなど、不安な気持ちになるような記事も多かったです。実際に来てみるとおおらかな方ばかりで、こんなに受け入れ体制が整っているんだとびっくりしました。」そう笑顔で語るのは、水野那由太(みずの・なゆた)さん。パッションフルーツ栽培での新規就農を目指す、移住検討者の一人です。

水野さんご一家は、2025年9月に南大隅町を訪れ、本格的な移住検討の一歩を踏み出しました。
それ以前は、なんと12年間オーストラリアで過ごしていたとのこと!ワーキングホリデーでの滞在開始から長い時間が経ち、お子さんが生まれたタイミングで日本への帰国を決意しました。元全日本バイクレーサーで、2007年には世界選手権にも出場しました。大胆かつ華やかな経歴の持ち主です。
10〜12月の2ヶ月間は、すみずみ!みなみおおすみの中長期滞在プログラム「すみっこ留学」に参加し、物件・畑・保育園関係など、ご家族で協力しながら定住に向けた具体的な基盤づくりを進めていきました。
今回の記事は、そんな水野さんご一家の「すみっこ留学」活動レポートです。南大隅での移住、特に新規就農についての具体的な事例をご紹介します。
オーストラリアでの暮らしと将来
「興味のあることはなんでも突き詰めたいと思うタイプで、科学関係には強い興味がありました。物理への興味からバイク関係にのめり込みましたし、土いじりが好きになったのも、地学分野への興味の延長ですね。」日焼けした爽やかな笑顔の那由太さん(42)は、奥様の由美さん(40)・娘さんの春花ちゃん(1)にも笑みを投げかけます。

水野さんご一家は、南大隅町を訪れる前の12年間をオーストラリアで過ごしました。ワーキングホリデーで訪れてすぐ語学学校に通い、その後はジャガイモ農家のもとで汗を流したり、バイク競技で学んだ技術を活かして機械修理の仕事をしたりと、さまざまな経験を重ねます。
オーストラリア北東部のケアンズの南に位置する村では、羊飼いのおじさんの家を借り受けて、本人に代わって農場の管理作業に従事しました。人口500人ほどの小さな集落で、嵐が来ると停電になり、夫婦で発電機を動かしに向かいます。「毎日がキャンプみたいな生活でしたが、そういう生活は好きだったので全然大丈夫でした」と、由美さんも笑顔で当時を振り返ります。

海外生活にすっかり馴染んだ水野さんご夫妻でしたが、娘さんの誕生をきっかけに、今後のライフスタイルについて考え始めます。
「もともと永住するつもりで来たわけではなかったので、『いつ帰るんだろう』と漠然と考えていました。土いじりも好きでしたし、パッションフルーツが育つ地域で過ごしたこともあり、熱帯果樹の栽培に興味を持ちはじめました。日本での就農について調べてみたところ、色々な就農支援制度はあるものの、年齢制限があることがわかりました。すぐに日本に帰って、新規就農を目指すことにしたんです。」

パッションフルーツは温暖な地域に育つ作物で、南大隅町では近年特産品化が進み、農家数も栽培規模も増えつつあります。「はじめは鹿屋の地域振興局に相談したのですが、『パッションフルーツなら南大隅町がいい』とおすすめされました。町独自の補助制度もあって、やるならここかなと思ったんです」と、那由太さんは語ります。
物件・畑探しの流れ
2025年の9月上旬に家族で南大隅町を訪れ、移住への具体的な一歩を踏み出しました。車中泊も可能なバンで移動し、地域のキャンプ場を巡りながら物件や畑を探すつもりでしたが、すみずみ!での移住相談の結果、1泊1000円のお試し住宅を利用できることになりました。

4つあるお試し住宅のうち、佐多地区の「浜上住宅」に滞在しながら、物件や畑探しを進める流れに。「物件も畑も、強いこだわりがあるわけではなく、ご縁があるところにしようと思っていました」と語る那由太さん。佐多の保育園の一時預かりサービスも利用しながら、地域に慣れ親しみました。
「キャンプみたいな生活は好きですし、ワイルドな佐多地区に暮らすのもいいなと思っていました」と話す由美さん。ですが、役場の経済課の方々と相談するうちに、根占地区でハウスを購入できる運びになりました。

面積およそ1反歩(1000㎡)のハウスは、もともとアボカドとパインアップルを栽培していた場所で、ちょうど引取り手を募集しているところでした。役場経済課の営農指導の担当者も、「ここならすぐに始めて、研修に入れるよ」と太鼓判。とんとん拍子でハウスの購入が決まり、根占での物件探しに切り替えることになりました。

水野さんご一家のイメージする物件の条件は、「DIYができる古民家」。
大型車を駐められるような広い駐車場、バイクを保管できるガレージ、農機具を収納できる倉庫、少数の鶏を飼ったり焚き火ができるような庭…。そんな具体的なイメージをもとに空き家バンクで探した結果、数件の見学ののち、理想の物件が見つかりました。「想像以上に丈夫な作りで、ここならやりたいことが色々できそうだと思いました」と由美さんも笑顔で話します。
すみずみ!スタッフの案内のもと大家さんとつながり、現在は購入に向けて手続きを進めています。
「物件のある自治会の農家からハウスのビニールはりの手伝いをお願いされて、地域の方々と顔合わせすることができました。みなさん優しい方ばかりで、実際に暮らし始めるのが楽しみです」と那由太さんは笑顔で話します。実際に購入できるまでは、町の管理する「公営住宅」を仮住まいとして使えることになりました。


地域の農家のもとで学ぶ
さて、実際の就農にあたっては、栽培技術は必要不可欠です。農業未経験の水野さんも「まずは研修から入りたい」という希望がありました。
南大隅町では、第一次産業の新規就業者が研修を行う場合、毎月15〜25万円が1年間支給されるシステムがあります。役場の経済課と相談したところ、実際にスタートできるのは2026年1月になる見込みとのこと。2〜3ヶ月の空白期間が生まれてしまいます。
そこで那由太さんは、すみずみ!が提供する移住検討のための中長期滞在プログラム「すみっこ留学」に参加することを決めました。

短期間の滞在は、地域を観光的に楽しむのにはうってつけですが、実際にそこで暮らせるかどうかを判断するには不十分です。「すみっこ留学」では、お試し住宅に無料で滞在しながら、農家をはじめとした地域の方々のもとで働き、日当を得ながら2〜3ヶ月の中長期滞在をすることが可能です。
新規就農を目指す水野さんにとって、地域の農家のもとで働けるのは渡りに船。10月9日〜12月9日までの2ヶ月間、池之迫家(路地野菜・タバコ・米など)・富田家(バラ)・田淵家(ミニトマト)の3家庭でローテーションしながら働くことになりました。



実際に参加した那由太さんの感想としては、「やってよかった!」の一言。
「パッションフルーツをやるにしても、地域によって農業のあり方は違いますし、まずは色々なやり方を知っておきたかったんです。スナップエンドウの露地栽培・バラとミニトマトの施設園芸など幅広いやり方を現地で学ぶことができ、実際の農家の働き方を肌で感じながら、もしものことがあったときのリカバリーの仕方もイメージできました!」と笑顔で語ります。

米袋を100個ほど積み下ろしする作業は、特にやりがいがあったとのこと。「普通は肉体的にも精神的にもキツい作業だと思うのですが、農家の方から『休み休みやりなさいよ』労りの言葉をいただきながらの作業だったので、楽しんで身体を動かせたと思います。腰が弱いので、屈んでやる管理作業はキツかったですが…」と笑顔で振り返ります。

「最南端バイクミーティング」のお手伝いをしたり、「肉の感謝祭」に家族で遊びに行ったりと、すみっこ留学期間中で地域の皆さんとのつながりができたとのこと。
「何かあったときに助け合えるような方々と出会えたのが、何よりの収穫だと思います。まずはパッションフルーツでの安定した経営ができるようになるのが一番の目標ですが、農業機械の修理など、どんな分野であっても南大隅で長く暮らしていきたいですね」と、那由太さんは農作業で日焼けした笑顔で話します。

すみっこ留学は、地域住民と移住者が「顔の見える関係」を作る場です。自分のやりたいことのビジョンを持ちながら、それを地域の方々と共有していく中で、自分が育ててきた「夢」が、地域のみんなで育てていくものになっていきます。
バイクレースや海外生活で豊かな経験を積んできた水野さんが、今後どんな活躍を見せてくれるのか。同じ地域住民の一人として、楽しみでなりません。
(文:大杉祐輔 写真:大杉祐輔・水野さんご一家・受け入れ農家の皆様)



