不定期連載コラム『田舎暮らしの宿敵たち』


うちは一軒家で、猫を「半放し飼い状態」で飼っている。猫自身が家の中と外を自由に出入りできる状態になっているのである。トイレに行きたくなったら勝手に外でしてくるし、運動にもなるので肥満状態になったこともない。2 匹飼っているのだが、避妊手術は受診済みなので外で交配してくる心配もない。

猫が外に出ると事故のリスクはつきものだが、人間と同様いくら気をつけていても遭うときは遭ってしまうものだし、そこは割り切っている。私が住んでいる大久保自治会の方にも説明して、ある程度納得していただいている。
こうした半放し飼いにしているのは色々理由があるのだが、最も大きいのはネズミ対策だ。
南大隅に移住し、この家に住み始めてからもう8年目になる。住み始めて 3 年ほど経ったある日、家にネズミが出始めた。夜中に天井裏をチューチュー泣きながら駆け回る。小さい生き物だが、ドタドタと子供が二階で騒いでいるような音がする。それだけならまだいいが、押し入れに入れてある本や袋を齧ったり、糞がそこら中に転がったりと実害が出始めた。殺鼠剤も試してみたが、半減したかどうかも怪しいぐらい。家庭教師の仕事をしているので、家がこんな感じなのは仕事にも障りが出る。
どうにかしなくてはならない。

ほとほと困り果てていたところ、家庭教師の仕事でお世話になっている瀬脇自治会の方から、「猫が増えすぎたからもらってくれないか」と打診があった。
ペットを飼ったことはなかったが、子供のころは犬の図鑑を眺めてペット欲を抑えていた(アパート住まいだったので飼えなかった)ぐらいには動物好きの私は、渡りに船と喜んで引き受けた。
1 匹引き受けるつもりだったが、「子猫だし、1 匹だと寂しがるから 2 匹もらってくれ」と言われたので、不安ながらも従うことになった。
こうして 2022 年の 2月にやってきたのが、黒と茶色が入り混じったサビ色と、お手本のような美しい配色の三毛猫の子猫であった。


初めて家にやってきた日はちょうど夕方から大久保自治会の飲み会があり、私は家の中に2 匹を放して、すぐに外出しなくてはならなかった。かなり心配しながら家を出たが、その心配は的中した。
家に帰っても子猫の姿は影も形もなくなっていた。
その代わり、床下からニャーニャーと誰かを呼ぶような声がする。玄関口のトタンに空いた小さな穴から脱出したようである。そんな穴は数年暮らしていて気にも留めたこともなかった。とにかく猫は初日で家出してしまったのだ。
しかし、家庭教師先のご家庭でエサをもらって暮らしていた猫なので、2 匹とも人馴れはしている。
エサは欲しいが、お前のことは知らん。閉じ込められるのは嫌だけどハラは減った。でもそもそもお前は信用できるのか?
そんな感じで、姿は現さないものの時折鳴き声が聞こえてくる生活が続いた。

漁港近くの瀬脇から、遠く離れた山中にある大久保自治会へと、知らん男にいきなり連れて来られた 2 匹である。まずは信頼関係を築かなくてはなるまい。私は下手に追いかけることはせず、用意しておいたペット用の皿を朝と夕方に外に出し、決まったタイミングでエサだけ与えることにした。
始めは警戒していたものの、数日続けていたら少しずつエサに近づいてくるようになった。小さな体で頭を揺らしてカリカリとエサを口に入れる姿を、窓の外から眺めた。
はじめは私の姿が見えると逃げられることが多かったが、日が経つにつれて数メートルまで近づいても逃げ出さなくなった。心の距離が徐々に距離が近づいていくのを感じた。

そんな日々が続くこと 2 週間ほど、サビ色の子猫が玄関先でニャーニャーと鳴いている。私が手を伸ばすと、少しずつ近づいてくる。始めはおずおずとしていたが、私が手を差し伸べると鼻を近づけて匂いを嗅ぎはじめた。
そして、しゃがんだ私の足元に力いっぱい頭を擦りつけてきた。
何度も何度も、頭と体を擦りつけてきた。
こうして、やっと猫との信頼関係を築くことができたのだった。
三毛猫の方も、そんな一方の姿を見てか、普通に近づいてくるようになった。こうしてエサを家の玄関に置いておいても食べるようになり、家の中でも抵抗なくくつろいでくれるようになった。

警戒心を持ちつつも柔軟で心優しい性格のサビ猫は、将棋の駒で攻めにも守りにも効く「銀将」のイメージから「ギン」、ギンちゃんよりも毛色が明るく快活なところから、三毛猫の方は「ラン」と名付けた。こうして 2 匹はうちに居着くことになったのだった。

さて、彼女ら(メスなので)の大杉家での役割は、ただのペットではない。6 割はペット、そして 4 割はネズミ避けの役割を担っている。実際に2匹が我が家にやって来てから、ネズミの足音はめっきりと聞こえなくなった。押入れの本の角が齧り取られることもなくなった。猫のニオイがするだけで、ネズミは危険を感じて姿を見せなくなるようである。
田舎暮らしの可愛らしくも心強いパートナー、それが猫なのだ。
その代わり、3 ヶ月に 1 回ほどのペースで、外からネズミを咥えて帰ってくる。
狩猟本能が盛んなのは素晴らしいのだが、家の中にわざわざ入れるのはやめてほしいものだ。

(文・写真:大杉祐輔)