南大隅町で「暮らす」 南大隅町で「働く」

濱田龍也さん(パイナップル農家/ゲストハウス・カフェ運営)

「地域へ移住を考えている方に伝えたいのは、『郷に入っても郷に従う必要はない』ということですね。やりたいことをやればいいんですよ」

農作業で日焼けした精悍な笑顔で話すのは、濱田龍也(はまだ・たつや)さん。

2017年に南大隅町へ移住し、パイナップル農家として新規就農。2020年の春からはDIYでゲストハウスとカフェを立ち上げ、南大隅の宿泊・観光業界を盛り上げている。


南大隅にやってくる以前は、大阪のリサイクルショップの社長として、約240人の従業員と共に汗を流してきた。南大隅で近年注目されている、実力派の若手の一人だ。

今回は、地域に移住し自営業者として道を切り拓いてきた濱田さんの活動について伺いながら、これからの地域で楽しく暮らし、働くためのポイントについて考えてみたい。

社長業からパイナップル農家へ

「南大隅には、移住する前に何度も訪れていました。兄が新規就農してパッションフルーツを作っていたので、年に数回は訪れていましたね」濱田さんは当時のことを思い出しながら、懐かしそうに話す。

元々のご出身は鹿屋で、鹿児島市内の大学へ進学した。しかし入学式が終わったのも束の間、「自分は大学生活には向いていない」と直感。

一年生の夏休みには周囲との連絡を絶ち、ちり紙交換や飲食店、土木関係の日雇い労働など、さまざまな業種を転々として過ごした。「あの頃にやってきたことは、すべて今の仕事につながっています。何事も経験ですね」と笑顔で話す。

両親からの説得を受け、その後は親戚が経営していた名古屋のビデオショップで働くことに。
仕事にも慣れてきたころ、以前の職場の友人から声をかけられ、大阪でリサイクルショップの立ち上げに協力することになった。

「ビデオの買い取りをメインとした小さな事業だったのですが、スポーツ新聞やテレビ、ラジオなどでPRしていった結果、どんどん大きくなっていきました。従業員と話をするうちに、それぞれの趣味を活かして商品を広げていくことになり、おもちゃ・楽器・釣り具なども扱うようになりました。気がつくと従業員が240人ほどになり、子会社もできるまでになっていましたね」と当時を振り返る。

大阪で15年を過ごすうち、創業メンバーの一人だった濱田さんは社長に就任した。しかしそんなある日、社長としての役割を楽しめていない自分に気がついた。

「社長には社長の役割があるわけですが、僕個人としては現場の仕事の方がやりがいを感じていたんです。僕が顔を出しすぎると、現場が萎縮してしまうんですよね。そろそろ別な分野にチャレンジしてみたいと感じるようになりました。」

そんな時に心に染みたのが、パッションフルーツ農家であるお兄さんの元を訪れたとき、大浜の海水浴場で見た夕日だった。ここでなら、これまでにない新たな生き方に挑戦できるかもしれない。そんな思いを胸に秘め、南大隅に移住することを決めたのだった。

「滞在施設の少なさ」に注目

そんな濱田さんが、南大隅町を訪れて感じた問題意識がある。それが「宿泊施設の少なさ」だった。

「南大隅には、観光やレジャーとして楽しめる魅力がたくさんあります。佐多岬や雄川の滝といった観光地はもちろん、バイクや自転車でのツーリング、キャンプ、釣り、ダイビング…。しかし、気軽に滞在できるような施設が少ないんです。友達と遊びに来た時に、バーベキューやパーティーを思いっきり楽しめるような場があれば楽しいなと感じていたんです」と濱田さんは話す。

移住後の仕事として選んだのは、パイナップル農家。作物の選択にも、濱田さんなりの考えがあった。

「就農にあたって、役場の方からはパッションフルーツを強く勧められました。ですが、ゲストハウスなど他の事業もやりたいと思っていた私としては、管理の手間が比較的少ないパイナップルがいいと考えました」と真剣な表情で話す。

濱田さんのパイナップルは「クルーズトレイン ななつ星in九州」でも提供されており、その品質の高さは県内のバイヤーにも認められている。奥様の香織さんが作るリリコイバターやパイナップルジャムも、地元の方々に評判の逸品だ。

『友人が遊びに来た時に、満足してくれる場所』

そんなパイナップル栽培のかたわら、2021年の春からはゲストハウス「hello! brand new days inn」の営業をスタートした。

移住前から注目していた海辺の物件について交渉を重ね、DIYでリノベーションにチャレンジ。YouTubeで細かなやり方を勉強しながら、ほとんど独力で完成させた。

「どうしてもわからない部分は地元の工務店の方に質問しながら、試行錯誤して作業を進めていきました。水回りと基礎工事だけはとにかく重要ですが、あとは意外とどうにでもなるものですね」と少年のような笑顔で語る。

Instagramをメインに発信を続けるうちに、プロ顔負けの素敵な空間が評判を呼び、口コミが広がる。コロナ禍の中でも、県内外から多くのお客様が訪れるようになった。

また、2022年の4月からは、ゲストハウスの横にカフェスペース「hello! brand new days cafe」も本格オープンした。

「ゲストハウスは夫婦2人で運営しているのですが、『友人が遊びに来た時に、満足して帰ってくれるような場所』をコンセプトに始めました。実際に多くの友達がゲストハウスを訪れてくれて、新たなつながりもたくさんできました。みんなに喜んでもらえると、次の企画にも力が入ってくるんですよね。その流れでできたのが、このカフェスペースなんです」と濱田さんは笑顔で話す。

フラッペ・レモネード・マフィンなどの豊富なメニューは、全て奥様である香織さんの手作り。海辺の絶景の中で味わうひとときはまさに至福のひと言だ。

「都会と田舎のギャップ」が企画につながる

そんな濱田さんが考える、地域での働き方について重要なポイントとはなんだろうか。

「自分で事業を始めるなら、『都会と田舎のギャップ』に注目するのが大事だと思います。都市部に住む方々は、お金を払ってでも海・山・地元産の食材など、地域の魅力を味わいたい。でも、地元の方々にとってはそうしたものはあまりにも身近で、価値を感じづらい。そうした都市部と地域での『価値観のギャップ』を埋めるように意識するだけで、さまざまなビジネスの形がイメージできるんです。」

濱田さんの作るパイナップルをそのまま切って齧るだけで、都市部で暮らす観光客の方々は非日常を体験できる。そうした地域の「当たり前」をどのように切り取るかで、新たな企画が生まれてくるのだ。

「遊びのプロ」とつながろう

「hello! brand new days」の今後の展望も、地域での暮らしや楽しみ方を考える上で示唆に富んでいる。

「南大隅では釣り・キャンプ・ダイビングなどさまざまなアクティビティが楽しめますが、観光客の方々にとってはどこで何をしたらいいのかわかりにくいものです。しかし、地元には趣味をディープに楽しんでいる『遊びのプロ』がたくさんいます。今後はお客様のニーズに合わせて、そうした方々をとアクティビティを楽しみたい方をマッチングしながら、南大隅をより深く楽しめるようにプロジェクト化していきたいですね。」


地域のディープな魅力は、その地域で実際に暮らしを楽しんでいる人こそが熟知している。そうした方々とのつながりを作りながら魅力に触れていくことで、その地域だからこそできる企画が生まれてくるのかもしれない。

地域には、さまざまな仕事や働き方がある。自営業者として独立していくのは簡単なことではないかもしれないが、何事もやってみないと始まらない。

まずは地域に飛び込んで、いろいろな人に話を聞いてみてほしい。地域外の視点がある移住者だからこそ、誰も気づいていない『ギャップ』に気づく素質があると言えるのだから。




・顔写真・ゲストハウス画像提供:山下大裕(DYCエンターテインメント代表)

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