「辺塚に住んでいる人は、みんな物質的な豊かさ以外のものを大事にしようとしている。価値観が同じだからこそ、一緒に暮らしていきたいと思えたんです」そう語るのは、福元信一郎(ふくもと・しんいちろう)さん。2021年の9月から、南大隅町の「地域おこし協力隊」として、佐多の辺塚地域に暮らしている。
辺塚といえば、高齢化率が鹿児島県ナンバーワンである南大隅の中でも、トップクラスに高齢化が進んだ地域だ。かつては林業や畜産などで栄えた人口は、現在120人を切っている。住民の90%以上が60歳以上で、20〜40代の住民はおよそ10人。南大隅の中心市街地からも遠く、最寄りのコンビニまでは車で40分以上かかる。日本に中山間地域は数あれど、ハードな部類の地域と言えるだろう。
そんな「ハイパー限界集落」に単身で飛び込んだ福元さん。ご高齢の方々と、どのように仲良くなればいいのか?これからの地域での働き方とは?そもそも、どのように移住する地域を選ぶべきなのか?
移住を考える者にとって、興味は尽きない。福元さんのお話から、こうしたテーマについて一緒に考えてみよう。
辺塚の地域おこし協力隊として
先ほど紹介したとおり、辺塚地域は「超」がつくほどの高齢化地域だ。住民のほとんどがご高齢の方々なので、地域の仕事はどんどん少なくなっていく。農地が荒れ、商店が閉鎖され、飲食店も閉鎖される。高齢社会の問題点が一気に表面化しつつあるのが、辺塚の現状だ。
だがしかし、辺塚だからこその魅力も数多く存在する。青く雄大な太平洋に囲まれた辺塚では伊勢海老がたくさん水あげされ、公民館の行事では食べ放題状態。山に登れば手付かずの原生林が広がり、「ヘツカリンドウ」や「へツカラン」などの固有種も数多い。タンカンやポンカンなどの柑橘の栽培の歴史が深く、幻の柑橘と名高い「辺塚だいだい」の原産地でもある。大自然の中での暮らしを味わうなら、これ以上ない地域と言えるだろう。
福元さんの活動の目的は、そんな辺塚の魅力を未来に引き継いでいくことだ。活動初年度の目標は、まずは辺塚に溶け込むこと。地域で唯一の飲食店である「みなとはら食堂」で仕事のお手伝いをしたり、農家の方々に田植えのやり方を教えてもらったり、辺塚だいだいの剪定を行ったり…。社会福祉協議会の方々と一緒に、デイサービスのお手伝いをすることもあるという。
こうした活動を重ねながら、農業・飲食業を中心とした地域の仕事を継承するのが、活動の最終目標だ。「辺塚に来るまでは、鹿児島市内でレストランの経営をしていました。そうした経験も踏まえて、辺塚の方々のお役に立てれば嬉しいです」と笑顔で語る。
飲食店経験から見えてきた価値観
福元さんが辺塚に来るまでには、大きく分けて2つのきっかけがあった。1つは、学生時代に訪れたモンゴルでの経験だ。「学生時代からアウトドアが好きで、自転車で日本一周旅行に出かけました。モンゴルでも自転車で旅をしたのですが、地元の方々に食べ物をもらったときになんだか嬉しくて。異国の地で受けた『おもてなし』に感動して、自分もそうした体験を提供する側に立ちたい、と思うようになったんです」
そんな思いを胸に、学生時代は飲食店のバイトに打ち込み、卒業後は北海道へ移住し調理師免許を取得。その後は9年間、故郷の鹿児島市で洋食店のオーナーを勤めた。
しかし、仕事に打ち込むなかで体調を崩してしまい、ついに店を畳むことに。「次はどうしようかな、と考えながら自転車で辺塚を訪れたのですが、ふらりと入った『みなとはら食堂』で衝撃を受けました。食器の片付けやお茶くみなど、お客さん自身が協力して行っていたんです。お店とお客さんの暖かい関係性がある、古き良き飲食店の形。都会では失われつつあるものが、辺塚にはある。自分もこんなお店をもう一回やってみたいな、と強く感じたんです。」
それが、辺塚での協力隊に申し込む2つ目のきっかけだった。現在ではみなとはら食堂のお手伝いもしながら、辺塚の地域性を知るべく幅広く活動しているとのことだ。
「好き」が共通している人たちと共に
そんな福元さんの武器は、なんといっても「興味の幅広さ」と「コミュニケーション力」だ。「元々アウトドアが趣味で、なんでも自分でやってみたいタチなんです。自転車、山登り、カヤック、釣り、なんでも好き。で、一つでも「好き」が共通している人となら、自然とコミュニケーションが取れるじゃないですか。色々教えてもらいたいですし。だから、どんどん地域の方々に話しかけられるんですよ」と笑顔で語る。
実際、福元さんは、地域の「山のプロ」の方々と一緒に原生林を探索したり、辺塚だいだいの生産を牽引する代表格の一人と作業を行ったり、地元の農家と田植えを行ったりと、地域に打ち解けてどんどん活動の幅を増やしている。「好き」の方向性が共通していれば、自然と先輩・後輩のコミュニケーションが生まれてくるのだ。
また、この考え方は、地域で仕事を見つけたり、移住地を決めるうえでも重要だ。「地域には仕事がない、という意見をよく聞きますが、それは『種類』の話であって『仕事そのもの』のことではないんですよね。確かに選択肢は少ないですが、そこに生きている人がいるということは、何かしらの生業はあるということ。その選択肢と、自分の『好き』がマッチングしていれば、いくらでも仕事は見つかんです」と真剣な表情で語る。「自分の適性」と「地域のニーズ」が合致する場所を選択することが、まずは第一条件になるわけだ。
自分の周りの人が幸せだからこそ、自分も幸せになれる。そのためには、まずは地域の求めていることを現場を訪れて感じ、コミュニケーションをしっかりとりながら、自分のやりたいこと・できることと合っているかを把握すること。
福元さんは、関わる人に喜んでもらう『おもてなし』の精神を軸にしながら、自然と人の魅力あふれる辺塚の地で今日も汗を流している。興味が出てきた方は、ぜひ辺塚を訪れてみてほしい。これからの地域での暮らしや働き方を考える、ヒントが見つかるはずだ。