奇怪な形の植物との出会い
食べられない植物にほぼ興味を持たずに、約30年間生きてきた。
東京農大で過ごした学生時代は、野菜や果樹など「食べられる」作物の話には興味が湧いたが、花など「食べられない」作目の話になると興味が30%ぐらいまで落ちる。観葉植物を自分で買おうなどとは、思ったこともない。どうせ枯らすからである。

農家になることを目指し、採卵鶏やニンニクの栽培をしていた時期もある。だが、自分で実際に作物を育て始めてから、「家畜や植物の成長に喜びが見出せない」と気づいて、農家への道は諦めた。植物を育てるのに向いていないという事実を、イヤというほど味わった。
そんな自分がどういうわけか、昨年から植物を育て始めた。多肉植物の「ユーフォルビア ミルクブッシュ」である。

ビョンビョンと不規則に枝が広がり、それらが奔放にどんどん伸びていく。気温や栄養状態がいい状態だと、先端付近に小さな葉っぱがぴょこぴょこと付くようになる。なぜか愛着が湧き、これだけは1年ほど生き延びている。
この奇怪な見た目の植物との出会いは、根占のお弁当屋さん「TORAYA」の店先でのことだった。

根占地区のメインストリート沿いに2020年からオープンし、はや5年。唐揚げ・チキン南蛮・エビフライなどどれも美味しく、年末年始やイベントシーズンを中心にオードブルも大人気。すっかり根占になくてはならないお店となった。

そんなTORAYAの店先で出会ったのが、立派な多肉植物の鉢植えだった。

成人女性の小指ぐらいの太さの緑色の枝が、縦横無尽に広がっている。なんだこれは?という衝撃と、これがもっと成長したらどんな感じになるんだろう…?という未知の好奇心が私を刺激する。一目見たときから、その個性的な見た目にやられてしまった。
色々調べてみた結果、「ユーフォルビア属」という多肉植物の一種であることがわかった。その名も「ミルクブッシュ」。ブッシュは英語で「茂み」という意味で、枝をパキッと折ると、乳白色の液体が沁みだすことからこの名がついているらしい。面白い名前である。
これだったら育ててみたいな…という気持ちが初めて湧いてきた。

そんな思いを胸に秘め、いつものように週末に鹿屋の街をぶらぶらしていると、なんとあっさり見つかった。ホームセンターを訪れた際、いつもは足を運ぶこともない園芸コーナーの棚に出向くと、普通に置いてあった。
TORAYAで見たような立派なものではなく、枝の太さはポッキーくらいである。しかし私は迷うことなく、ミルクブッシュの鉢をレジに運んだ。これがどんな風に大きくなるのか、ワクワクしていた。
多肉植物の魅力とは?
さて、ユーフォルビア属、というか多肉植物の特徴として、水やりがそこまで頻繁に必要ないというのがある。
お花や観葉植物は、毎日せっせと水やりをしなくてはいけないというイメージがあるかもしれないが、それは植物の種類によって異なる。ものによっては、2〜3日に一回でいいものもあれば、乾燥してきたときにちょっとやればいい、みたいなものもある。

多肉植物は「水やりがほとんど必要ない」タイプのものが多く、乾燥してきたタイミングでたっぷりあげればそれでいい。逆にあげすぎると、根腐れなどで死んでしまうらしい。ユーフォルビアはアフリカ原産で、砂漠地帯が出身のものもあるだろうし、さもありなんという感じだ。
私が1年以上ミルクブッシュを生かしておけているのは、このポイントが8割を占めている。
そして、ユーフォルビア属の面白いところが、同じ属でも種類によって全く姿形が異なるところだ。
サボテンのように棘棘しいもの、キノコのような塊が密集したもの、超小型のソテツみたいな形のものなど、本当に多種多様だ。園芸コーナーでは「ユーフォルビア」という札はついているが、詳しい種名は書かれていないことが多い。図鑑を見ても、自分が探している形状のものが見つからないことがザラにある。


私はこうしたたくさんの種類のある生き物が好きなので、気に入ったものはその都度購入している。殺風景だった家の玄関口が、次第に緑に覆われていった。
生活に「他者性」を取り入れる
このように、なんだかんだ植物に囲まれた生活を送ることになった私にとって、多肉植物とは「心地よいノイズ」のような存在だ。
先日、ここ1〜2年でご結婚された、40代後半の男性に話を聞いた。結婚しようと思ったきっかけについて、彼はこう語ってくれた。「40代になると、生活の全てが思い通りになってしまう。自分の思い通りにいかないことを取り入れたくなったのだ」と。

40代ともなれば、一人暮らしは大ベテランで、当たり前になんでもこなせる。収入にも余裕が出てきて、日々の暮らしは全て自分の思い通りにデザインできる。確かにそれは、快適なことこのうえないだろう。だがそんな日常が、さらに数年、数十年と続くとしたら? 快適なことは間違いないが、果たして楽しいと言えるのだろうか。
私も5年ほど猫を飼っていて、「人間とはかけ離れた存在」としての面白さは日々感じている。隔絶された他者ではあるし、時に煩わしいこともあるが、それでもどっこい共生できている。人間にはない鋭敏な感覚や、逆に人間に対してどのようにコミュニケーションしてくるのかなど、一挙手一投足が興味深い。

そういう関係性の中の「心地よいノイズ」は、暮らしの中に刺激や彩りを与えてくれる。熱帯の異国の地からやってきた奇怪な形の植物を育てることは、それに近い魅力をもたらしてくれているのかもしれない。
南大隅の暮らしと植物
さて、長々と私と多肉植物の関係性について綴ってきたが、ここでふと思った。南大隅町の中にも、同じように植物栽培を楽しんでいる人がいるのではないか。それぞれのこだわりや、自身の感じる面白みについて聞いてみたい! と。

私は、このHPに載せる記事案として何枚かの企画書を作成し、話を聞いてみたい方々をピックアップしてお渡しした。
これまで駐車場だったスペースにどんどん鉢物を置いたり果樹を植えたりし始め、ここ1年で小綺麗なジャングルのような庭を築いている方。地元の物産館「なんたん市場」に、多肉植物を中心に様々な鉢植えを出荷している方。花の苗を作って出荷している地元の農家……。
そのどれもが、残念ながら断れてしまった。植物栽培というのはあくまで「内なる楽しみ」で、自分のやりたい範囲でこっそりと楽しみたい、という方も多いのかもしれない。

しかし、唯一企画を承諾してくださった方がいた。
自分のお世話になっている「大久保自治会」に暮らす、大久保幾美(おおくぼ・いくみ)さんである。

幾美さんは社交ダンスや俳句など様々な趣味を持っている、非常に快活な70代だ。ご夫婦で肉牛飼育・水田を中心とした農業を営みながら、幾美さん自身は、お餅やあくまきを道の駅やスーパーに出荷している。

そして、普段の飲み会や集まりの場に、季節の花や山野草を使ったブーケを持ってきてくださったり、彩りとして葉っぱを使った料理を振る舞っているのを多く見てきた。幾美さんの参加する会合では、自然と場が華やぐ。料理も普段より美味しく感じる。四季の移ろいを視覚的に感じられると、気分も前向きになってくるものだと実感した。


そんな幾美さんが、どのように山野草の収集や葉っぱの使い方をしているのか、現地を案内いただきながら教えていただいた。
「初めは面白いな、と思って始めただけ。だんだん本格的になっていったのよ」と、幾美さんがは笑顔で語る。

それぞれの種類ごとにまとめると、以下のような感じであった。
【幾美さんが利用している、身の回りの植物】
◆月桃
・お餅を包んだり、お皿として使ったりする
・南大隅のナチュラルコスメブランド「ボタニカルファクトリー」では、蒸留して植物エキスとして利用している


◆ヤマダケ
・正式名称不明:大久保近辺/根占ではそう呼んでいる?
・月桃と同じような使い方
→お餅を挟んだりもする
・「牛にやると葉を食べるので、人間にも害はないだろう」と思って採取し始めた


◆竹の皮
・ちまきを包むのに使用
→味のついた餅米を蒸して作る、郷土料理の一種

◆アオギリ
・手のひらのような形をした、10〜30cmぐらいの大きな葉がつく
・団子を包むと、なんとも言えない良い香りがする
→昔は田植えの時に作っていた



◆柏
・10〜30cmの大きな葉がつく
→古くから食べ物の盛り付けに利用されていた
・幾美さんが熊本での食改関係の研修で、現地の人から種を10個ほどもらってきた
→現在まで生き残った1本の樹から葉を採取している
・冬に葉が枯れても枝について残ることが多く、「子孫を絶やさない」縁起がいい樹と見られるようになった
→端午の節句で柏餅を作るのはそのため


◆ニッケイ・ヤブニッケイ
・別名「ニッキ」
・団子を包むと、シナモンのようないい香りがし、「けせん団子」として親しまれている
→町内では春先によく振る舞われる


◆サルトリイバラ
・大久保近辺にはあまり自生していないが、辺田あたりに多い
・別名:かからん葉・山帰来(さんきらい)
→山で病気になった人が、根っこを薬として使ったことで回復し、無事に下山したという言い伝えから
・10〜11月には赤い実がなる
→ブーケ・クリスマスリースなどに利用
◆シャリンバイ
・葉が「車輪」のように付き、花が「梅」のような見た目であることから命名
・幾美さん曰く、「花のつき方が人の笑顔のように見える」とのこと
・10〜11月に、ブルーベリーのような黒い実がつく
→ブーケなどに利用
・樹皮は大島紬の染料にも用いられる
◆アジサイ
・挿し木で増える
→幾美さんは気に入った色のものを、畑の隅などに植えて繁殖している
・ブーケに利用したり、花瓶に挿したりする



植物は、暮らしを彩り、それぞれの人の生き方に寄り添ってくれる存在である。私のように、生活の中に心地よい「他者的なノイズ」を運んでくれるもの。幾美さんのように、四季の移ろいを感じさせてくれるもの……。今回取材できなかった方々にも、それぞれの楽しみ方や独自の視点があるはずである。
毎日の暮らしの中に、どんな彩りを取り入れるか。地域によって、人によって異なるそんな視点を、時には見つめ直してみるのもいいかもしれない。
(文:大杉祐輔 写真提供:大久保幾美)



